祝福3

「あれ?また来たの?」

仕方ないなぁ、とでも続きそうな口調。
穏やかで、澄んだ、声。
でも何処か舌足らずで、幼い印象も受ける。
大切で、守りたかった人の声。

その声が聞こえたことに、別段驚きはしなかった。
何と無く、逢えたらいいなと願った所為もあるだろう。こうして本当に逢えるとは期待していなかったが。

目を薄らと開ければ、其処は光に満ちていた。
花畑の中で、突っ立っている俺。そして、背後に感じる気配。
振り向くように流し見れば、良く見知ったピンクの色が見えた。
はぁ、と息が漏れる。安堵の息だった。
この場所は落ち着く。全ての柵から解放された気分になれる。

「エアリス……ごめん」
「ん〜?何が?」
「ううん。何でも。ただ、逢いたくなった」

可笑しそうに笑う声が響く。でも、俺は振り向かない。
エアリスも、俺の正面には現れない。
これが生と死の境目なのかも知れない。
けれど、俺が振り向いてもエアリスは消えないだろう。ただ単純に、俺が恐れているだけだ。
振り向いてしまえばもう二度と逢うことは出来なくなるのではないかと。

「また、何か思い悩んでるでしょ」
「……そうかも知れない」
「うーん。じゃあ、特別。クラウド……こっちを向いて」

ひゅっ、と喉が鳴った。
息を上手く吸えなかったのだ。
驚いて、異様に喉が渇く。

「消えない……?」
「大丈夫、信じて」

深呼吸して、一つ頷く。
そしてゆっくり振り返った。

死ぬ前に見た頃のエアリスと変わらない。
穏やかな表情で微笑んでいた。

「今日は特別だから……やっと、逢えたね。クラウド」
「うん……ちゃんと『俺』を見付けたよ」
「ふふ、良い子、だね。だから、ご褒美あげる」

ご褒美?
もう充分貰ってる気がするけど……。

「ダメ。クラウドはもっと貪欲にならなくちゃ」
「そんなこと言われても」

困った。
本当に、俺はもう満足してるんだ。
それに……これ以上望んでしまえばまた何かを失くしてしまう気がして。

「もう。仕方ないなぁ……そんな困ったクラウドくんには、私がイイモノあげる」
「イイモノ?」

悪戯ぽく言われたその言葉を、繰り返す。
含みを持った笑みが浮かべられる。

「そう。イイモノ。クラウドが望んでるんだよ」
「え……俺が?」

こくりと頷いて、エアリスが何かを呼ぶように振り返る。俺もその先を辿って視線を巡らす。
!!?
逢いたいと思っていた人がいた。
エアリスと似た様に、仕方ないといったような風体で立っていた。

「ザック、ス……」

視界がぼやけた。
俺を救ってくれた、本当の意味での英雄が、其処に居た。
そうか。確かに、イイモノ、だ。

「ああー、もう。泣くなよ。お前が泣くと、俺どうしていいか分からねぇんだからさ」

よしよしとまるで子供か動物かのように、頭を撫でられる。
そんな仕草に笑えて、泣き笑いになる。

「あーあ。ザックスがクラウド泣かせたー」
「ちょ!エアリスッ!!?え、何。これ俺の所為な訳!?」

ふざけ合う二人を、可笑しいと思う。
でも仲の良い二人が嬉しくて、切なくて、寂しい。
少しだけ、嫉妬もある。どちらにかなんて俺自身にもよく解らないけど。

「ずっと……逢いたかった」

並んで立つ二人に抱き着いた。
うお?!とか、わぁ、とか声が聞こえたけど、これ以上泣き顔を見られたくなくて、二人の肩に顔を埋めた。

「一緒に、いたかった、な」

嗚咽に震える声で、正直な想いを吐露する。
ティファや、マリン、デンゼルと暮らす毎日は、穏やかで満たされていて、幸福だ。
それでも、エアリスやザックスがいてくれたら……。

震えに止まらない身体を、エアリスとザックスが抱きしめ返してくれた。

「ごめんな。お前だけに、重たいもの託して」

首を横に振った。
確かに、潰れそうな時もある。けれど、託してくれたものがあったから、今まで生きてこれた。

「一緒に生きられなくて、ごめんね。でも、ずっと傍に居るから」

耳元で優しく囁かれた言葉に、頷く。
本当は……解っているんだ。
死んだ者が生きている者と一緒に、時を刻めないこと。
それでも、傍に居てくれているのは確かに感じているから。

「ありがとう」

『どういたしまして。誕生日、おめでとう。クラウド』

二重に重なった声が聞こえたのを最後に、その世界が遠くなっていった。