9.大切だったモノと今望んでいるモノ

物陰で一回深呼吸をして……ズボンのポケットに仕舞っている鍵を確かめて、右手に握り。

足音を立てないように歩く。

経験の賜物だ。音を出さずに行動するのは難しい。
けれど、訓練次第では何とかなる。特に、戦場で行動する者だったら尚更。
自分の位置が敵に知られたら圧倒的に不利になるから、必死に気配を押し殺すことを自然と覚えて行く。
それを習得するまで、生きていられたらの話だけど。


この村で金髪碧眼の俺の容姿は酷く目立つ。

異彩だから。

有る程度目立ってしまうのは諦めるとして、誰にも声を掛けられないように早歩きで静かに通り過ぎた。
家の前で立ち止まって、鍵を開けた。

直ぐに入ろうとした……のだが僅かに躊躇する。


視線……。

誰だ?


俺を遠巻きに、さり気無く眺めているつもりだろう村人の視線の中に、強烈な視線を送って来る奴がいるようだった。

何処にいても、俺は目立つらしい。

かつての世界。

老いることのない身体では、一所に留まる事は出来なかった。
町を移り住む度に、物珍しさからかどうなのか知らないが、見世物のように視線が集った。

だからいつの間にか視線に慣れた筈だったんだが……。
そんな俺でも気に掛かる程の、視線。

その方向に目を向ければ、それは良く知っている人物だった。

……ティファ。

幼い、その姿。まだ母親を亡くしていない頃の。
一番幸せな頃の……。

珍しい。
この頃のティファは、俺に見向きもしなかったのに。

それでも、それだけだ。
俺は今、過去を大幅に変える気はない。
俺の知っている未来じゃ無くなってしまったら、防ぎようが無いから。
それでは未来を知ってる意味が無い。


ごめん、ティファ。

ティファのお母さん、俺には助けられないよ。
この世界の医療技術はまだ……。
俺は医者じゃないから。科学者でも、技術者でもない。
未来では完治できる病だとしても、今の俺には何も出来ない。
これは俺が手出しするようなことじゃない。俺の余計な判断で変えても良い未来じゃない。
俺の変えたい未来は、違うから。

だから、ごめん。
ティファ。

その視線に気付かなかったフリをして、家の中に入った。

ティファのことは、大切だし、今でも好きだ。
でも、今度はもう、一緒には居られないと思う。


…………あの頃とは優先順位が、変わってしまったんだ。

本当はこんな理由で蔑ろにしてはいけない、とは思う。
けれどやっぱり、ティファに感情は向かない。
これは裏切りなのかな。
『ティファ』に、怒られそうだ。

俺は、何でも出来る訳じゃない。
いつだって大切なものを守るには、足りなくて。
むしろ守られてばかりで。

だから。

この世界で、かつて仲間だった皆に会えなくても良い。いや、むしろ仲間に逢う未来は望まない。
そんな未来にならないよう、俺は足掻くんだ。


大切な人達をこの世界で失くさない為に。

笑ってもらう為に。

生き抜いてもらう為に。


仲間がいても、俺の心のどこかは何時も空虚だった。
ティファと一緒に暮らしていても、心底満たされることは無かった。
ずっと欠けてた。
決して触れ合えない距離にいるのが、悲しくて、辛くて、申し訳なくて。
俺がいなければ、死なせることは無かったかもしれないのにって、自分を責め続けた。
そんな俺に、許してあげたらって、言ってくれたけど。
……そう簡単に許せるのなら、最初からずるずる引き摺ったりしない。

今でも、責める気持ちはある。自分自身を追い込みたくなる。
でもきっと、あの二人はそんなこと望まない。
しょうがないな、って笑いはするかも知れないけど。

過去を悔いるのはもう充分し続けた。


だからもう、こんな不毛な事は、止めにするよ。

頑張るから。
誰もが皆、なんて望まない。


大切な人を亡くしたくない。
喪わないで済む、未来が欲しい。


身勝手。
それで結構だ。
欲しいものは欲しい。その感情は留められない。
抑えつけても、その分だけ膨らんで止め処なく溢れて来て、その内決壊する。



「絶対、死なせないから」