8.忠実な獣

装置を破壊して粉々にした後、魔晄炉から出た。


これから何年後かにセフィロス達は此処を訪れるのかも知れない。
でももう、ジェノバの干渉は無いだろう。





……それでももし、セフィロスが狂うのなら……。

今度はちゃんと。
二度と復活することの無いように。

俺が、セフィロスを消し去ろう。塵も残さない程に全て。



俺は決して、本当の英雄になる事は出来ない。


俺には全てを救うことは出来ない。
世界の為とか、人々の為とかそんな大義な事は思いも付かない、……ちっぽけな存在で。

その代わり取捨選択が出来る。
何が大切で、何が大切じゃないのか。
このことが強みになるのか、弱みになるのかは、今後の俺次第だけれど。





事実と、真実は違う。
セフィロスが狂ったのは、たぶん事実しか確認しなかったからで。
資料に書かれた物事を憶測して判断した結果……ああなったというのなら……。
自分という存在が何なのか、分からなくなる事はすごく、怖い。
ちゃんとこの世界に存在しているのかさえ、分からなくなって……。
自分を信じられないのは、苦しい。


あいつには、ちゃんと知る権利がある。
自分と言う存在が、どういうモノなのか。
正しい事実と、かつて行われた事を、誤解無くセフィロスに伝えなければいけない。



……きっとこの役割は、今の俺しか出来ない。


もしも……ガスト博士や、ルクレツィア、ヴィンセントなどの誰かが、真実を告げていれば。
あのような出来事は、起こらなかったのではないか。
意味の無い仮定であっても、考えた事がある。

でも、真実を告げることを躊躇い出来なかった気持ちも、解らない訳じゃない。
自分を正当化したい気持ちも良く解る。


俺自身が、そうだったから。


自己を保つことに必死で、周りの事なんて全然気にすることが出来なかった。
自分の中の弱さを露呈するのが嫌で。

逃げた。


本当に強い人なんていない。皆、何処かに弱さを持ってる。


その弱さを如何にして受け入れるか。
そうやって、自分の弱さを自覚して、それでもあるがままに生きていけるなら。
そんなふうにもがいて、必死に生きてる。
どの時代でも、どんな人でも。勿論、俺も。



「あ…………」

魔晄炉から外に出れば、ニブルウルフと目が合った。
此処に着いて別れた時の位置から、一歩も動いていないようだった。
ただじっと、俺を見詰めている。
その様は、主人に忠実な犬のようだ。

何だか少し可笑しい。

モンスターの癖に。それじゃ、犬と変わらない。


口元が自然と弧を描く。

魔晄炉の扉のロックを掛け直して、鍵がしまった音を聞いてから、階段へと歩む。
子供の目線では随分と高く感じて階段を踏み外さないよう手すりを持って、一段一段慎重に降りた。

微動だにせず、俺が近付くのを待ち続けているニブルウルフ。
ただ目だけが俺の動きを追っている。
俺も真っ直ぐ目を合わせて歩き出せば、のっそりと立ち上がった。


「待っていたのか」


頭を撫でてやれば、すり寄って来る。
動物は好きだ。人間よりも余程単純で純粋な生き物だから。
これはモンスターだが。


「……俺は村に戻る。お前はどうする?」


そう言葉を掛けると、ニブルウルフは橋の方向へと身体を向ける。
そして、振り返った。
俺に目を合わせて一度、瞬き。
……来い、ってことか。

このニブルウルフの先導に、俺も大人しく従う。






可笑しいな。


何千年と生きて尚、こんな不思議なことになるとは。
既に人のカテゴリーから外れてはいたが、モンスターに好かれるのは新鮮だ。
時間軸を逆行した事実と比べると些細なことなのかも知れないが。


魔晄炉へ行く時に掛かった時間より、半分程度の時間でニブル山の麓に辿り着く。

今の子供の身体では随分と疲れを感じる。足が引き攣っている様な感覚がして重く、足の裏も少し痛い。
最近までは疲れとは無縁な身体だったから、疲れた、という言葉が懐かしいぐらいだ。



…………また一から鍛え直しだな。

この事情に関しては、地獄の特訓内容を思い出してうんざりする。

神羅兵時代の頃の話だ。
兵に志願する者の殆どは、体格のいい奴らが多かった。
そんな奴らに比べたら、貧弱な自分は圧倒的に不利で。冗談じゃ無く、血反吐を吐く程の訓練に必死に喰らい付いた。


それをもう一度?

冗談じゃない、あの訓練はあの時の、ソルジャーになりたいと一心に思っていた俺だったから出来たんだ。
それに今の俺と比べると、事情が違い過ぎる。


神羅屋敷の一角が見える位置まで来ると、ニブルウルフが足を止めた。
あぁ……此処までだな。



「お前がいて助かった。これより先は行けないだろう、お前は戻れ」

首元に抱きつき、ありがとう、と感謝を口にする。
抵抗も無く、大人しい。
どうしてここまで俺に対して忠実なのかは分からない。
けれどたぶん、何か理由は有るんだろうな。

俺の知らない何かが。


ニブルウルフは俺の靴先に鼻を近づけた後、元来た道の方へゆっくりと戻っていく。

…………まるで、お辞儀みたいだったな。




姿が確認出来なくなったのを見届けてから、俺も家へと歩き出す。
さて、どうするかと考えて、空を仰ぐ。太陽の位置的には、お昼過ぎと言ったところ。
……あまり、人には遇いたくない。


今更村人に対して蟠りが有るという訳ではなく。

単純な問題として。

この頃の俺が、具体的にどういう対応をしていたのかが、思いだせないのだ。
いきなり態度が変わるのは、気味が悪い。
この閉鎖的な村でただでさえ異端として扱われる俺が問題を起こせば、母さんの肩身も狭くなる。



………………。

仕方ない。
出来るだけ気配を消して、人の少ないタイミングを見計らって、さっさと家に入り込むか。