10.親と子の想い

「クラウド! どうしたの?」

切羽詰まったその声に、意識の覚醒を促される。
いつもよりも重たく感じる瞼を開ければ、見慣れた……でもそのことに慣れない、天井。


どうやらいつの間にか、家のベッドで寝ていたらしい。

幼い頃の俺は、滅多に昼寝をしていなかったから、心配したのだろう。
この身体でのニブル山登頂は、堪えたらしい。
しかも、魔法の連発と、ジェノバの取り込み……良く考えなくても負担が掛かることは明白だったな。

少し迂闊だったかもしれない。


視線を辺りに彷徨わせれば、直ぐ近くで、俺の顔を覗き込んでいる母さんの姿があった。
……寝起きでボケているのか。
こんなに接近されていれば、気配で起きる筈なのに。
それとも、母さんだから無意識に警戒を解いていたのだろうか。


反応の鈍い俺に、母さんはますます心配になったみたいで。
額に手の平を乗せてきた。

途端、目を見開いて吃驚した表情を浮かべる。


「まあ! 熱があるわ。そのまま大人しく寝てなさい」


ああ、どおりで。

身体が重たい訳だ。


「……うん」


一言だけ返答して、目を瞑る。

久しく無縁だった身体の倦怠感。
こんなに、辛かったっけ……。思考が上手く纏まらない。
吐息を吐き出せば、熱っぽいものだった。
そうか。
熱があったから、感覚がおかしかったんだな。
疑問が解決できて、ホッとした。


「大丈夫? 今のところ、咳は出てないみたいね」
「うん。たぶん、疲れただけ、だから」

額に絞ったタオルを乗せられる。
そう言えば、デンゼルが小さい頃に熱を出した時、俺も同じように看病してたな。
そのまま髪を梳かれる。
丸っきり子供を落ちつかせたり、宥めたりする時にする仕草だが、この歳になっても有効なのか、不思議と様々な不安感が消えていく。
精神が歳を喰ってても、この人の子供だからだろうか。


ふと、昔の記憶が思い浮かんで、瞼を閉じた。
髪を梳かれる度に、頬を擽ってさらさらと流れて行く。


本来なら、今よりも後に告げる言葉。
でも今言ってしまっても、構わないだろう。
前以って言っておくことと、急に言いだすこと……どちらが酷なのかは解らない。
ただ……俺なら、前以って言って欲しいと思うだろうから。


「あのね、母さん」
「ん? なあに?」

成長した俺に、良く似た顔立ちの母。
同じ色彩の髪と目。
俺は……実験によって、瞳の色が少し変わってしまったけど。今は同じ。



「俺、神羅に行こうと思ってる」

絶句。


表情には表してないけど、雰囲気がそう。
俺の髪を梳いていた動作を止めた手が、震えていた。
長い、沈黙。


……ごめんなさい。


子供が、兵士になるなんて言ったら、怖いよな。
俺もデンゼルがWRO……世界再生機構に入隊したいと言った時、ショックと共に恐怖を感じた。
メテオ後で、既に戦争なんて悠長なことを言っていられる世の中では無かったが、復興のために活動するのはそれなりの危機が伴う。そんなWROに入隊したいと言われたのだ。
心情的には、絶対反対、だったのだが。
そう告げる事はしなかった。だって俺も、同じような事を、母に言った張本人だ。
反対だと言う資格は、持っていなかった。
結局、面接を担当したリーブに子供は入隊できないと断られた、と聞かされて、その時は心底安堵したのだが……。



そして俺はまた、今まさに戦争を起こして……いや起こそうとしているだろうその、神羅に入りたいと告げた。
今では、母さんの気持ちが、痛いほど良く解る。

それでも。


俺はあそこに行かないと。大切な人達を、救えない。助けられない。
何より、…………逢いたい。
俺が、逢いたい。

怖い位真剣な目で俺を見てくる母さんに、俺もそれ以上の真剣さでもって見返す。



「……今すぐに?」
「ううん……俺が14歳になったら、この村を出て神羅カンパニーの一般兵に、志願しようと思ってる」
「やけに具体的なのね」

溜め息を溢された。

ずっと昔も、同じような遣り取りをしたような気がする。
あの時は単純にソルジャーになりたい、だったけど。ソコに込めた気持ちを酌みとってくれたんだろう。
俺に貴重なギルを持たせて、送り出してくれたぐらいだから。


「駄目?」
「……本当はね、やめてって言いたいわ。でも、あんたが真剣だから」



複雑だといった表情をしてる。

当たり前か。


「ありがとう」

「感謝されるようなことじゃないわ。親として当然のことなだけよ」
「…………うん」

「さぁ、少し寝なさい。晩御飯を作ったら、起こしてあげるから」
「お休みなさい」
「お休み、クラウド」

キスが、頬に落とされる。

大人しく瞼を降ろせば、急速に睡魔が襲ってくる。

その睡魔に逆らわずに意識を委ねた。