7.還りたい場所への憧憬

ジェノバが干渉しようとしているのか、ずっと不快な感覚がしていて胸がざわめく。
深呼吸して気を落ちつかせる。
ゆっくりと息を吐き出せば、余分な身体の力も抜けて集中しやすくなる。

「ブリザラ」

冷気が何処からともなく吹き込み、装置一帯を凍らせた。
……何だか、思っていたよりも広範囲に凍りついたな。
まあ、いいか。
仮にブリザガを唱えていたとしたら、ココに来る前に試した岩のようにバラバラだっただろうから。
ジェノバが木っ端微塵になってそこら辺に飛び散ったら……面倒だな。色々な意味で。
ああ、嫌な想像をした。
首を左右に振って脳内にイメージしてしまったモノを散らす。


「……やっぱり、体力や筋力が落ちた代わりに魔力が上がったのか?」

氷の中級魔法だったはずなのだが、それ以上の威力はありそうだ。
……深く考えるのは後にするか。
まずはジェノバをどうにかしなければ。武器などは持ってきていないが、たぶん……。
元の世界で愛用していた剣をイメージして、俺の周辺を探る。

「…………っ!?」

身体の胸元から、あの合体剣の一番小振りなサイズのルーンブレイドが出てきた。
こういうのは心臓に悪いから止めて欲しい……。

ずっと近くに在る感じはしていたが。まさか、身体の中から現われるとは。
驚いた所為で、鼓動が尋常じゃない早さを刻んでる……。
このルーンブレイドは本来ファースト剣に組み合わせて使うものだが、今の俺の体格的に大剣を持ち上げるのは不可能だろう。
今まで自然にしていたことが出来ないのは不便だな……。

はぁ、と軽く溜め息を吐く。
当たり前にしていたことが出来ないのは辛いし、この状況下では不安要素に成り得る。早く対応策を見つけ出さないと。


短剣である筈のルーンブレイドを持ってみたら、片手では重く、バランスを取れなかったので仕方なく両手で持ち上げる。
苦も無く扱えていた筈の剣を扱えない今の自分を不甲斐無く思うが、今はどうしようもない。


……それでも、この先起こることの可能性を知っているのは俺だけだろうから。
あの未来を回避したいと望むのも。

既にイレギュラーな俺がいる時点でこの世界の未来は、俺の知っている未来とは違うのかも知れないが。
けれど俺は知っている。
どれだけ世界が、次元が違っても。
根本は変わらないことを。
この世界が俺の知る世界と違っても、此処に今生きている人達が多少違ったとしても。
本質が同じなら、きっと流れは変わらない。
あの未来へと繋がってしまう。

ルーンブレイドを頭上高くに両手で持ち上げる。
切っ先を凍りついた装置に向けて、何の躊躇いも無く思いっ切り振り降ろし、突き刺した。
パキ、という薄氷が割れたような音の後に、急速にヒビが広がっていく。
強化ガラスであっても、一点を突けば割れる……。
その原理のままに剣を突き刺しただけで、この装置さえも簡単に壊せてしまう。褒められたことではないが、知っているに越したことも無い。
俺にとっては必要な知識だったということだ。

分厚い硝子の奥まで、とはパワー不足で無理だったが突き刺したルーンブレイドを力いっぱい引きぬくと、ガラスが僅かに崩れ中の溶液が漏れ出て来た。
その碧色に光る溶液は、空気中に出た瞬間に霧散して消えていく。
魔晄、別名ライフストリームと呼ばれる、星の命そのもの。

多量もしくは濃度が濃いと、人には強烈過ぎて耐性の無い人は直ぐに中毒状態に陥るか、最悪死に至る。毒にしかならない。
こんな中に浸けられ続けるなんて、二度と経験したくもない。

まぁ、ミーリム地方などでは温泉などに溶けた極少量のライフストリームを治療に使ったりなどもしていたが。


俺自身は魔晄に対して全く耐性が無い。
むしろ親和性が高過ぎて、あっと言う間にライフストリームの中に意識が吹っ飛ぶ。
今までの経験上確実に。
不幸中の幸いなのは、親和性が高過ぎるゆえにライフストリーム内で知識許容量オーバーを早々起こさないところだろうか。
要は、完全な廃人にならないで済む。魔晄中毒にはなりやすいが。


ぐっと腕に力を込めてもう一度、ルーンブレイドを振り降ろす。
ガキッ、というような硬いものを打ち砕いた手応えがあった。
乱暴に抜いてバラバラにしないようゆっくりと剣を引き抜くと、今度は完全に崩壊した。
ギザギザと不揃いに空いた装置の中に手を伸ばす。

そして、チューブごとジェノバを引き摺り出した。
……正直言って触りたくないが。


「……」

手を翳せば、焼けるような感覚が襲う。ジェノバからの反抗だ。自身の消滅の危機を察したのか。
果たしてこれを生命体と言えるのかは謎だが。

歯を食い縛って堪え、ジェノバに向けて高めた魔力を一気に放出する。
瞬間、身体の中から力が抜ける感覚に耐え切れず、床に膝をついた。
自らの荒い呼吸が耳に付く。

「っ……」

全身の血が沸騰するかのような感覚に陥る。
視界を彷徨わせればジェノバの肉体が勢いよく燃え出すのが見えた。

良かった……成功だ。

ファイガを一点に圧縮した魔法だ。威力は申し分無いだろう。
次第に魔晄と合わさって、碧色を帯びだした炎になる。
俺自身も舐められるように焼かれるが、既に高エネルギーが可視状態になっているだけなので熱くは無い。
けれど異物であるジェノバには効いているのか、遠い昔に一度だけ見たような萎びれた塊になっていく。
俺自身もこの星にとっては異物だろうが、元々この星で生まれたからそう意味では完全な異物では無いってことなんだろう。


数分燃え続け、萎びれた醜い塊と化したジェノバを、抱き上げる。
その塊を見て……僅かな憐憫を抱く。
お前が目指しただろう安寧の地は、きっとどこにも存在しない。本当にそれを望んでいたのなら、自分の星を捨てるべきでは無かったんだ。
異質なものには、排除の路しか拓かれていないのだから……。



普段無意識に抑えている魔晄を、身体の中から引き出すイメージをして周囲に溢れさせる。
この状態になると身体能力が驚くほど上昇する。
けれどそれは、解り易く言ってしまえば、モンスターと変わらない状態だ。
今の俺の目はきっと、瞳孔が縦に細長くなり、魔晄色に輝いているんだろう。
異様な、姿。……あまり見たくない。

「諦めろ、ジェノバ。その代わり、お前の還る場所になってやる」

ジェノバの塊は、淡い碧色の粒子に分解されていくが、それは天に昇るでもなく、地に還るでもなくその場に留まり続ける。
この星が許容しないから、還る場所など存在しないのだ。

「……俺もお前も、……あいつも、還れないんだよ、ずっと」

いくらか達観したとはいえ、大切な人や仲間がいる場所にいくことが出来ないのは、苦しい。
星から拒絶され続けるのも、辛い。
それでも永遠ともいえる程の時を生き続けるのは、俺自身が寂しいからなんだろう。
一人は嫌だ、孤独で居たくない、誰かと関わり合いたい。
そう言う気持ちが、俺を人として生かし続ける。

子供の手でしかない両手で、淡い碧の光を包み込む。すると細胞に溶け込むように、光が掌から内へと潜り込んできた。
まるで虫が身体の中を這うかのような気持ち悪さを感じて、視線を逸らして息を詰める。とても不快な感触だ。
何時ものことだ。
数分すれば、治まる。

ジェノバの細胞を取り込むたびに襲われる、何とも言えない気持ち悪さ。
慣れない内は、堪え切れなくて気絶した。
全身から汗が噴き出して、立つこともままならなくなる。

……少しずつ薄れきた気持ち悪さに、大きく息を吐く。
やっと、まともに息が出来た。
一拍を置いて、負担を掛けないようゆっくりと立ち上がる。
未だふらつくが、何とか大丈夫そうだな。


ああ、ついでに二度とこんな装置が使い物にならないようにサンダガを落として完膚なきまでに潰しておこう。
八つ当たりだ。

「サンダガ」

目の前が白く弾ける。
と思ったら、静電気のような可愛らしい音ではなく、ヘリが墜落したような豪快な音を響かせ、雷が真っ直ぐに落ちた。
ショートしたどころではなく。
もはや消し炭になった残骸を眺めて、自分でやったことだが冷や汗が流れる。

「……剣がまともに扱えるようになるまでは、魔法主体だな」

確かに上級魔法を使ったが、威力が尋常じゃない。
元々魔法を使うのは得意だったが、今の俺はもしかしたらMPに制限が無いんじゃないだろうか。


………………また、謎が増えたな。
自分で一つずつ検証していくしかない、か。