6.濁を呑み込む

「お前の存在がなくなっても、セフィロスの中の疑念は消えないんだろうな」

『JENOVA』と書かれたプレートを視界に移す。
これを見たら何か、複雑で強烈な感情でも湧きあがってくるのかと思っていたが、奇妙なほど胸の内は静かだ。
ただ身体の中が、沸騰するかのように熱い。まるで、何かが全身を這いまわっているかのような感覚。
この感覚には、覚えがある。


あぁ……やっぱり、ジェノバは俺の中にあるのか。

予想はしていた。だから、思っていたよりもショックは無い。
ただ、ほんの少しの落胆を感じているだけだ。
でも安堵の気持ちが大部分を占めているのには苦笑するほかない。永年ずっと付き合って来たモノだから、だろうな。
言うなれば、ジェノバはもう……俺を構成するモノの一つになってしまっていたんだろう。

「此処は……お前の存在は、俺にとっての災厄そのものだ」

ジェノバ本体を隠す分厚いプレートに触れる。ひやりとした温度が手の平に伝わってくる。
子供の身体では結構な重さで幅も広いが、退かせられない程ではない。
力をぐっと籠めてゆっくりと脇に押しやった。


…………。
チューブが夥しい程に付けられ……明らかに人とは思えない、青白い灰色のような色をした肌。
容は人に似通ってはいるが、それでも一目見て明らかに異種だと分かる。
暗い眼孔は怪しく光っているようにも見えて不気味だ。


……もしかしたら、今初めてジェノバの完全体を見たのかもしれない。
過去、此処に来た時にはもうセフィロスが頭部を切り取っていた筈だ。首をぶら下げながら、まるで何かに執り付かれたような、その姿。
今でも思い出せる。
あの時は、怒りと悲しみと遣る瀬無さに満ちた感情をどうすれば良いのか分からなくて、ただ夢中で、セフィロスにぶつけた。
火事場の馬鹿力だ。
そうじゃないと、正宗で身体を貫かれたままセフィロスを投げ落とす事なんて出来ないだろう。
あの頃は本当に、ただの一般兵だったのに。
それともまた別の要因が関わっていたりしたのかも知れないが、俺には解らない。
当事者なのに、知らない事だらけなんだ、俺は。


「…………お前は、何を求めてこの星に来たんだろうな」



ずっと、それこそ、この星の記憶と共に、といっても良い程。
災厄と呼ばれ続けて来たジェノバ。
永い時の中で疑問に思ったことは何度かあった。
その度に、考えても分からないことだとは思ったが。

それでも、思うのだ。
もしかしたら、ジェノバはただ、安住の地が欲しかっただけなのではと。


これまでの経験の中で、様々な世界に喚ばれ多くの人に出会った。
その中には勿論、戦いそのものを純粋に好む者もいた。
だがどれ程に優れた戦士でも、安らげる場所が無ければ何時かは戦えなくなるのだ。

「それでもお前がこの星にとって異物である以上、受け入れられることなどあり得ない」

俺がそうであるように。
この精神だけなら、確かに、この星に還れたのかもしれない。
それでもこの肉体が滅び朽ち果てることはあり得なかっただろう。
セフィロスの肉体が完全に消滅しないのと同じように。
だからあいつは何度でも蘇る。

「だから俺は……お前を」


ジェノバを、取り込もう。

この結論を出すのに迷わなかった筈が無い。それでも、こうしてまで逢いたい人がいる。救いたくて、護りたい人がいる。
この世界の未来を、あんな事にはさせないように……。
そのために俺が出来る事なら、挑戦してみるのも良いだろう?


永く生きた俺はいつしか、多くのジェノバ細胞の還り場所となっていた。
世界中に散らばっていた欠片。
それら全てが、俺に還ろうと必死になるのだ。
最初にそれを体験した時は、拒絶反応を起こし、昏倒したこともある。
本当に化け物だと。俺自身を嫌悪した。心底消えてしまいたいと思った。

でも何度かそんなことを繰り返す内に、何と無く解ったのだ。
これは、救済なんだと。
俺が存在する限り、ジェノバ細胞を埋め込まれたモノは迷わないで済む。
いくべき所に、いき着けるのだということを。