5.災厄を取り除くために

「助かった、お前は此処までで充分だ。後はお前の好きなようにしろ」

歩みを止めて、傍にいるウルフに目線を合わせる。
濁っていない綺麗な目だ。
人よりも余程単純に存在する、生き物だ。

この先に、連れてはいけない。ジェノバの影響は大き過ぎる。
かつて最強と謳われた英雄が、絶望に飲み込まれたように。
口元を緩く撫でてやれば唸り声は止んで、じっと目を合わせて来る。
賢い子だ。

「お前はこの先に踏み込んでは行けない、いいな」

また首を傾げる仕種をした。
人の感覚で考えれば、解ってないように見える。でも、ちゃんと解ったようだ。
その証拠にその場に座りこんだから。
頭を撫でてやってから、魔晄炉の入り口へと向かう。

あの頃は特に意識していなかったから目に入っていなかったが、ちゃんと入口にはロックが掛けてあった。
では、あの時はセフィロスが解除していたのだろう。
ザックスにはそんな細かいことしなさそうだし。おっと、これは失言か?
バカではないが、大雑把というか……。でも器用だからしようと思えばちゃんとするんだけど。
快活に笑う姿を思い出して、口元を緩める。
早く、会いたいな。ザックスにも。
この世界には存在するんだろう、きっと。元気に走り回って……また、アンジールさんに子犬、とか言われたりするんだろうか。
出会う時期がズレて、未来が変わってはいけないからまだ先になるけど。
様子見に行くぐらいだったら、大丈夫だろうか……。


永い生の中では機械に触れる事も何度かあった。
ある時の文明の中では必須の能力だった時代もあり、そうと意識しないうちにシステムの全てを把握していたこともあった。
ここで活かせるのなら、あの永い時も決して無駄では無かったのかも知れない。

機械に魔力を注ぎこんで、俺の精神と繋げる。
ライフストリームを応用したやり方なのでそう長いこと探れないが。
何しろライフストリームに馴染み過ぎて自分の境界が曖昧になって現実に戻れなくなる。
慣れない内は何度も繰り返して、気が付いた時には始まったばかりだった筈の一つの文明が、いつの間にか滅んでいたという事もあった程だ。

機械があると言う事は絶対にそれを製作・設置した人物もいるので、その過去の記憶を探ってロックを解くコードを見つけ出す。
気力はいるが他の端末や道具もいらないので簡単と言えば簡単だ。
下手すると魔晄中毒になる危険性が伴うが。
様々な光景がフラッシュバックするように流れ込んでくる中、一つの場面に意識がいく。

「あった……」

直ぐさま精神から切り離して、現実に戻り、その場面で設定していた解除コードを打ち込む。
一瞬間があいて。
……ロックが解除された事を示す、甲高い機械音が鳴る。
自動で開いた扉の中に、滑り込むように侵入する。……まるで泥棒みたいだな。まぁ、似たようなものか。
神羅に報告が行くというシステムも、既に放置に近いこの魔晄炉にはないみたいだった。
面倒事が増えなくて何よりだ。

見たことのあるポッドが設置されていて中には魔晄が満たされている。
覗きこんでみれば。
モンスターに変種しかけている元人間が多数……。

「……俺が生まれた時には、もうこうなっていたのか」

過去、資料から読み取った出来事と今俺が見ているのを合わせたら、そういうことだろう。
人が未知のエネルギーである魔晄に惹かれるのは仕方がないと思う。
使い方によっては便利な生活を営むことができるし、軍事用にも応用できる、使い勝手の良いエネルギーだ。

俺は既に魔晄が、星の生命そのものだと知っている。
だが、今この世界でその事実を明確に知っている奴はどれだけいるのだろう。
ただ一つ言えるのは、何の歯止めも無かったからこそ神羅の建設したミッドガルは魔晄、つまりはライフストリームを吸い上げ、その結果発展を遂げ、そして因果応報とでも言うべく滅びたのだろう。
まあ仮に今神羅がその事実を知ったとしても、魔晄を搾取することに何の躊躇も持たないだろうが。


ポッドを後目に、階段を上り奥へと進む。
切り臥せられたティファや倒れ込むザックス、ジェノバにつけ込まれたセフィロスの姿を次々と思いだす。

俺自身も、当事者の一人だが必死だったこともあってあまり良く覚えていない。
抑え難い……抑える気も無かった感情に呑み込まれて、覚えていようなんて悠長なことを考えていられる暇も無かった。

決して近寄りたいとは思わない、ジェノバ、とプレートが掲げられた装置と向かい合う。
禍々しいまでの感情が、流れ込んでくるようだ。
もしかしたらこの世界では、まだ自分と言う存在に疑惑を持っていないだろうセフィロスよりも、俺の方がジェノバに近しい存在なのかも知れない。
……対応を間違えたら、ジェノバにつけこまれる可能性もあるってことか。
あいつのような二の舞だけは勘弁だな。
今度は立場入れ替えで、殺し合いメインの無期限追い駆けっこなんて、絶対にやりたくない。


何千年の時の中で。
全てのジェノバ細胞は俺の中に還ってきた。
セフィロスの肉体が地上に存在しない以上、リユニオンをしたがるジェノバの欠片は全て俺が受け入れる他なかったのだ。
益々人外のモノになっていくとおぞましく感じることもあった。
けれどもう全て、過ぎ去ったこと。