4.星の守護と協力獣

神羅屋敷はもう無人の状態のようだった。
そう言えば……セフィロスの生まれもニブルヘイム、と言うことになるのか……。
この地下に居る筈のかつて仲間だった人物を脳裏に思い浮かべて数瞬悩む。が、素通りしてニブル山へと足を向けた。
今はまだ時期尚早のような気がしたから。

かつて、ナナキとヴィンセントだけが他の仲間よりも長い時を生きていた
。 ナナキは立派に自らの役割を果たした後自分の子供達に囲まれながら寿命を全うした。
そして、ヴィンセントもルクレツィアと共に寿命を迎える方法を研究しライフストリームへと還っていった。
本当は俺にも声を掛けてくれたんだけど。
でも俺の役割は、セフィロスと対峙し続けることだから。それが唯一、俺自身が出来る……大切な人の繋いだ世界の為に出来ることだと思ったんだ。
それからずっと償いの意味も込めて戦い続けて来た。
気が狂いそうになるほど長い時間。
それでも……苦痛だけじゃ無かった。温かいモノはちゃんと在った。其処彼処に。



今の自分に頂上まで行けるかは分からないが、ここで手を拱いている訳にもいかないな。


モンスターの気配を避けながらニブル山の中腹まで登ってきた頃には、少し息が切れていた。
当然か。
精神がどれだけ歳を喰っていようと、身体的には十歳にも満たないであろう子供の筈なんだから。
正確な歳はまだ分からない。
それでも他の子供に比べたら体力はある方だとは思う……。
薄らと掻いた額の汗を拭って少し休憩することにした。

少し出っ張った岩に腰掛けて岩影に身を潜ませるような体勢で息を落ち付かせていると、何かが、警戒した意識の内に触れた。

ゆっくりと戦闘に応じた体勢に整えて、辺りを注意深く探る。
あそこ……。
少し距離のある斜め上の岩影に紛れてウルフだろう生物の鼻先が現われたのが見えた。
戦闘になったら厄介だ。
だが、この身体では逃げ切る自身も無い。さて、どうするか。

下手に動くことも出来ずに膠着状態が続く。

…………あのウルフ、襲ってこないのか?
数分時間が経った。けれど、相手は動かない。一歩も。ただじっとこちらを見ているだけだ。
相手はモンスター。
しかもたぶんニブルウルフに違いないだろう。
本来はニブルエリアやロケットポートエリアと言う平地に生息しているモンスター。少し生息地から外れているが、ニブル山にいるのはそう珍しい事でもない。
何しろ、ニブルウルフという名前が付く位だ。

俺が此処に居る事も解っていて、尚且つ警戒しているのにも気付いているのは確実。
なのに、襲いかかって来ない。

そのまま、またしばらく膠着状態が続いたが相手の方から酷くゆっくりとした動作で全体を顕わにした。
茶色の硬質そうな毛並みをした、四足のモンスター。通常のサイズよりは二周り程大きい体格をしているが、やっぱりニブルウルフだ。
子供姿の俺と同じ位の大きさだ。

モンスターは元々動物だったモノが魔晄に影響されて変種し、そこから増殖したものだ。
だから、マテリアの媒介が無くても魔法が扱えるのも理屈としては可能だ。実際に使えるようになるのかどうかは別として。


……どうやら襲われる気配は無いようなので、少し緊張を緩めた。
だがまた膠着状態になっても困る。これ以上時間をロスするのは良くない。
子供の体力では、心許無いからな。

「……お前、どうしたんだ」

じっと見つめて来るニブルウルフに、問い掛けとも言えない言葉を投げかける。俺の言葉を理解しているのかは、謎だ。
乾いた空気が留まるこのニブル山では、俺の発した言葉が良く響く。
ニブルウルフは、その言葉に反応するように首を傾げた。
チョコボも人の言葉を聞く時に良くする仕草でこれは、人が何を言っているのか理解しようとする時にする動物特有の仕草らしい。
……本当に解っているんだろうか。

モンスターであろうと、生物であるという事には違いないので、死活問題に関わらなければ、無用に生命を刈り取ることはしない。
幸い、本能的に俺の強さを悟るモンスターが多く、滅多に向こうから近寄っては来ないことが多かった。
ただし此処に来る前の世界での話だ。
正直言って、今の子供の俺は良い標的にされるだろうことは容易に想像できる。
良くも悪くも弱肉強食の世界だ。

まあ、襲う気が無いのならばそのウルフがどうしていようと気にはならない。
さっさと目的の場所へ行こうと歩きだそうとすれば。
ゆっくりと近づいてくるウルフ。
迂闊に動くことも出来ずに何かが起きたら直ぐに対処出来る体勢のまま、じっと動向を見ていればそれは静かに傍に寄り添って伏せた。

…………びっくり、した。

まだ仲間全員が生きているころ星痕が蔓延した時だったか、夢とも現ともつかない世界で同じようなことがあったなと思いだす。
大きな獣が、直ぐ傍にいたような気配を感じていた。
それ以降の何千年間も、何度か似たようなことがあった気がする。
いちいち気にしてはいないし、俺自身、星に近い存在になっていることも解っていたのでそんな事もあるだろうと納得していた。

だがまさか、今の俺の身体でも同じようなことが起きるとは思っていなかった。
……やっぱり、この身体にもジェノバの細胞が有るのだろうか。
別にジェノバ細胞があるから、という訳だけでもないが、少なからず影響していることも確かだ。


周りの気配を探れば、ここら辺一体の生物の気配が感じられない。
……このウルフが来てから、一斉に散ったようだ。
つまり、このウルフはこのテリトリーのボスなのか。

「……変わってるな、お前」

どうすればいいのか判断に迷って。取り敢えず。
すっかり寛ぎの体勢で伏せているニブルウルフの首元を撫でてやった。
予想した通り、硬めの毛質だ。
気持ちいいのか、俺の手に懐くようにすり寄ってくる。
というより、これは懐かれているんだろうな……。

昔から、動物に懐かれやすかった方だが、まさかニブルウルフのボスに懐かれるとは……。
さすがに予想してなかった。

「俺はこの山の頂上に用がある。お前も付いてくるか?」

まだ俺が神羅兵だった頃。
ある人に言われたことがある。もう顔すらも覚えていない、その場限りの知り合いだ。
それは天性の才能だな、と。
その時は別に気にもしなかったことだが、今こうしている状況を見てみればそうかも知れないと思う。
何時も俺は、自覚するのが遅い。何だかおかしくて、苦い気分だ。
苦笑していると、ニブルウルフは俺の言葉を理解したようにのっそりと立ち上がった。

「ああ、本当あんたの言った通りかもな」

何の介在も必要とせず人と異なる生物と意思を交わせること。
それは俺の数少ない、才能の一つだったのだろう。
今更気付くのもおかしな話だが。

「行こう」

耳の付け根を柔らかく撫でてやってから、俺も立ち上がり再び山を登り始める。
まだ、橋は在るだろうか。


杞憂とは裏腹に、それは記憶した通りに其処に存在していた。
と言うことはつまり、俺は今、8歳よりも年下か。
渡ってる途中に縄が切れそうと言う事も無かったし、仮にそうなっても何とかなるだろう。
さっき試しにサンダガを唱えたら、岩が真っ二つに割れ周辺の地面が吹き飛んだ。更にブリザガを唱えたら、丸ごと凍りついた後木っ端微塵に砕け散った。
……その事実から悟るに、魔法の方は問題無く使えそうなことが判明した。
ついにマテリアなしで魔法を使えるようになったことには心中複雑だが。
便利だから不満は無い。
現時点での唯一の心配は俺よりも強いモンスターの出現だが……それも可能性としては限り無く低い。
俺の傍に、こいつがいるから。


「……大丈夫そうだな」

念のために、足を一歩踏み出して乱暴に蹴って揺らそうと試みたが、ほんの少しも揺らぎはしない。
身体が小さいせいもあるかも知れないが。
何となくそのことについては、むかついた気持ちが胸の内に沸き起こる。
他の奴に比べて貧弱なこの身体は、昔からコンプレックスなんだ。体格は持って生まれたものだからどうしようもないが。
神羅兵時代に歯痒く思ったことは数えきれないほどある。

ゆっくりでもなく、急ぐでもなく、そんなペースで橋を渡っても縄が切れる前兆すらない。
けれど間違いなく、この橋はいずれ崩れるものだ。
たぶん、基本的な未来への流れは変わらないだろうから。

俺の後ろから、軽い足音が聞こえてくる。
大きな巨体に似合わず、けれど獣特有の身軽さで時折俺を窺いながらウルフが歩いている。
橋を渡る前に傍に居たこいつに先に行くかと問えば、鼻先で膝裏を押された。
人の言葉に訳せば、先に行け、とでも言っていたのだろう。
本当に変わっているウルフだ。
人間の仕草を真似ているようで和んだ。

渡り終えて少し歩けば、何度か見た忘れられない建物が目の前に現れる。

魔晄炉だ。

緑に覆われていない外観は、遠い昔に観たきりで。
つい最近様子を見に行った時には、深い緑に覆われていた。まるで、傷を癒す為に瘡蓋をつくるように。覆われていたのだ。

改めて時代の経過を実感する。
それと共に、此処が過去であることも。

ここまで来て、ニブルウルフが何か異質なものを感じとったのだろう、警戒の唸り声を出し始めた。
低いその唸りは、紅い毛並みを持った仲間を思い出させる。
今のこの世界では、まだコスモキャニオンにいるのだろうか。父の本当の行動を未だに知らず。
それとも、既に宝条に?まってしまっているのだろうか。






改めて考えてみると、時間軸がよく分からないな……。
途方も無い、理想の未来計画に溜め息を零す。

実現させるのは容易じゃない。