2.遠い場所と在った過去

災厄。
一生忘れない悲劇の始まり。
俺が死ねない存在になった理由そのもの。
此処が俺にとっての過去なら……もしかしたら、この世界では……。

「クラウドー、もう起きたの? ご飯できたわよー。早く、こっちに来て食べなさい」

唐突に意識の中に割り込んで来た声に、息が詰まった。
懐かしい人の、俺を呼ぶ声。
記憶さえ曖昧なほど遥か昔、炎に焼かれた村と共に消えた筈の命。
胸の奥が痛んで苦しい。目頭が熱くなって視界が潤む。

そうか。此処は過去なんだ。
ぼやけた視界で、目を凝らす様にキッチンの方を見ると、食卓にご飯を並べている母の姿があった。
さっきは現状を理解するのに必死で、認識していなかったみたいだ。いつも何処か抜けている自分に苦笑する他ない。
貧しいながらも平和な頃、そう言えば母はこうしていつも家事をしていた。

…………本当に遠い、遠い場所に来たんだ。
戻ってきたとも、帰って来たとも違う。
どんなに望まない……望んでいなかった出来事でも、それは決して無かったことになんかならない。
あの一環の出来事が、この世界からしたらまだ起こってもいない未来でも。
それでも確かに俺の中には存在し続ける。辛くて、自分自身が壊れても、忘れたくないもので、忘れてはいけないものだ。
一度、バラバラになってしまったけど。


「……ザックス……エアリス…………、

……セフィロス……」

救いたくて、救えなかった人はたくさんいた。
それでも薄情だと言われても、本当に救いたかった人はこの三人だけだ。
ザックスとエアリスは言うまでも無く。

何度となく打ち倒したセフィロスさえ。
永遠にも等しい時間の中で生命の誕生と終焉を見続けて来た人生。
その合間にあいつはふと、何かを思い出したかのように幾度か復活をし、俺の前に現れた。
まるで、俺自身の存在意義を忘れるな、とでも告げるみたいに。
俺と斬り合う時にはいつも余裕綽々な癖に、何故か最後は何時も俺に倒されて何処とも知れない場所に戻っていく。
最後にほんの一瞬何とも言えない、人らしい表情を浮かべて。
憎らしい。でも唯一、『俺』を知っている奴に変わりなくて。
俺が生きる理由そのものなのだから、笑えない。


「クラウドー、いい加減にご飯食べなさい」

再度、食卓に俺を促そうとする、母さんの呼ぶ声が聞こえてきて思考を中断させる。

縮んでしまった、と言えば語弊があるだろうがつい最近まで、何千年と生きてはいたものの、ジェノバ細胞と魔晄漬け実験によって青年の姿のまま時が止まっていた身体だったのだ。
小さくて、子供特有のふくふくとした柔らかい手を見た心情的には、縮んだ、が一番合ってる気がする。
この頃の俺は母さんの手伝いをしていたからか多少荒れてはいるが、まだ銃を握った事も、剣を振るった事も無い柔らかい掌。

……この星の兵器であるアルテマの気配を僅かに感じる。
恐らく俺自身の感覚に関しては、大して変わっていないようだ。
だがいくらニブルヘイム育ちで体力がある方だったと言っても、過去……いや未来か?の俺自身の身体能力とは大幅な違いがあるだろうな。
この手では、大きな剣を振り回すことは愚か、普通の剣を持ち上げることすら難しそうだ。

そう言えばジェノバ細胞……俺の場合はS細胞か……今の俺に引き継がれていたりするんだろうか……。

「……とにかく食事をしよう」

何時までもぐだぐだと考えてしまうのは悪い癖だ。
何千年と人の営みを見て、まるで仙人か何かのように過ごしてきた。
そのお蔭で、ある種、悟りとも諦めともつかない考えを出来るようにはなったが、元の性格はそんなに変わり様がない。
こればっかりは。自分の本質なので変えようも無い。

面倒な性格だと、自分自身でも思う。