11.身勝手な我が儘を許して欲しい

大事をとってベッドに寝かされている俺。
そして、そんな俺の額に手の平を乗せて熱を測る母さん。

数秒確かめてから、ほっと安堵した表情を浮かべた。


「良かった。もう熱は下がったみたいね」
「うん……ありがとう、母さん」

熱に浮かされぼやけていた思考が、やっと戻ってきた。
人の温もりが心地よくて、軽く息を吐き出す。


「でも無茶はしちゃダメよ。あんたは直ぐに無茶なことするからねぇ」
「そう、かな?」
「そうよ。自覚なさい」


いつの間にか、無茶な事をするのが当たり前になっていて。
今更そんなことを注意されることが有るなんて思ってもみなかった。
可笑しくて小さく笑う。


「こら。笑い事じゃないのよ! それで大怪我でもしたらどうするの……」
「うん、ごめんなさい。これからは、気をつけてみる」
「全くもう……あんたは」


呆れた、という表情を浮かべて母さんは台所へと歩んでいく。
これから朝食を作ってくれるのだろう。

身体の力を抜いて、ベッドに沈み込む。
上等なマットではないから包み込むような、とは言えないけどしっかりと身体を支えてくれてる感じがするのでこれはこれで寝心地が良い。
天井を見上げれば、木の年輪や、シミが見える。


…………これから、どうしようか。


ジェノバを取り込んだだけでは、たぶん……世界の流れは変わらない。
魔晄エネルギーは今もどんどん搾取され続けている。
セフィロスはもうすでに、神羅の英雄として広く知られている存在だ。
ザックスはまだゴンガガに居るだろう。
エアリスは……俺の一つ上だったから、今は、エルミナさんの元で暮らしているのだろうか。


全ての事情が複雑に絡まり合って、重なり合って、繋がる未来。


どれか一つを変えただけじゃ、どうにもならないような流れが存在する。
でも、一体俺にどんなことが出来るのだろうか。


俺が出来るのは、戦うことだけだ。


……何が、出来るんだろう。
何を、すべきなんだろう。




「クラウドー。起きれる?」

考え込んでいた意識が、唐突に現実に呼び戻される。
ハッとして視線を声の聞こえた方に向ければ、母さんが濡れた手をタオルで拭いながら、俺に近付いてきた。

「うん、大丈夫。起きれるよ」
「そう。なら椅子に座って食べましょう」


ベッドから抜け出て、椅子に座る。
テーブルの上には、ほかほかと湯気が出たスープと、パンが置かれていた。
食事が温かいというだけでも、嬉しいものだ。
旅をしていると自然と保存食ばかりになって、こういった手の込んだ温かい食べ物からは縁遠くなる。
目を瞑って静かに祈りを捧げた後、スプーンを持って食べ始める。


「美味しいね」
「ふふ、そうでしょ?このスープは自信作なの。あんたは育ち盛りだから、たくさん栄養とらないとね」

その心遣いに、泣きたくなって、表情を見られないように僅かに俯いて顔を隠す。
俺は昔、どれだけの想いを見逃してきたのだろう。
かつての時、何も感じなかった言葉が、今はこんなにも心に沁みる。



「母さん。あの……」

ご飯を食べ終わった後、告げたい事があって呼び掛けたはいいが、何と言えばいいのか解らなくて詰まってしまった。
いや。言いたい事は決まってる。それをどう言う風に言えばいいのかを迷ってるんだ。

「ん?」

家事をし終わった母さんが、俺に視線を合わせてくる。

穏やかな目だ。

子供を見守る時の、親の目。
俺も、デンゼルやマリン……他の子供達に対してこんな目をしていたのだろうか。

そうだったら、良い。




「……したい事があるんだ」

今の俺では、駄目だから。
魔力だけでは、太刀打ちできる問題じゃないから。
……困難な事も、全て覆せるだけの……力が欲しい。

俺の告げた言葉に、母さんは一瞬だけ目を翳らせた。
昨日話した神羅へ行くことの話の続きだと察してくれたようだ。


「……何を?」


困惑した表情で訊いてくる。

視線を伏せて、落ちつく為に息を吐き出す。

未来を変える為に……俺はこれからどれだけのものを犠牲にしていくのだろう。
それでも、あの未来が幸せだとは、俺にはどうしても思えないから。

だから、俺の勝手な想いで、この世界の未来をねじ曲げる。
どうなるかなんて分からない。

それでも。


「ココは……ニブルヘイムだ。……ニブル山には、強力なモンスターがたくさんいる」

俺の意図を理解した母の目が、驚愕にか、怯えにか見開かれていくのが見えた。
僅かに唇を震わせて、母さんが口を開く。


「そうまでして……神羅に、行きたいの?」

ゆっくりとはっきりと、頷く。

「……逢いたい人が、居るんだ、其処に。其処へ行かないと、逢えないんだ」
「逢いたい人?」


怪訝な表情をされた。
当然だろう。
だって俺は……生まれてから一度も、このニブルヘイムから出た事は無い筈なのだから。
一人でいることが多かったから、知りあいもほとんどいない。
村人とは仲良くない……と言うか嫌煙されている。
そんな俺が、逢いたい人がいると言ったのだ。可笑しく思わない訳が無い。


「ごめんなさい。今はまだ言えない。でも、とても大切なんだ」




せめてこの想いには、真摯でありたい。
嘘で偽るのは、もう嫌なんだ。



「あんたは、本当誰に似たのか……頑固だからね。分かった、好きにしなさい……」


硬い表情で、それでも許してくれた母に、俺も気持ちを引き締める。


「ありがとう、母さん」

母さんは俺の言葉を聞いて、僅かに唇を噛み締めた。


「せめて、この村を出るまでは、この家に居て頂戴ね」

子を愛する親なら誰でも……危険な事はして欲しくない。
でも、出来る限り子供自身がしたい事をさせてやりたい。
そんな葛藤と戦ってくれているんだろう。

沈黙のまま、数分立った頃母さんがゆっくりと口を開いた。


「危険な事は止めて欲しい……でも、本当に大切なのね……あんたが必死なのは見てて解るから」

泣きそうに顰められた眉。でも、瞳は全然潤んでなんかいない。
強い、意思が感じられる。

「あんたの生き方は、自分自身で決めなさい」

初めから、心底反対されるとは思っていなかった。
こうなるであろうことを知っていた。
こんな俺は、ずるいだろうか?

「うん」

ゆっくりと頷く。
その瞬間、母さんの口元がぎゅっと引き締められて、俺は身体を抱き寄せられた。


不規則に揺れる肩と背中。

耳元でくぐもる声。

俺は、母の背を撫でながら、気付かない振りをした。



ごめんなさい……全部を選べるほど、強くないんだ。